こんにちはゲストさん。会員登録(無料)して質問・回答してみよう!

解決済みの質問

スピッツの楓の歌詞について

楓の歌詞の

瞬きするほど長い季節がきて
呼び会う名前がこだまし始める
聴こえる?

この部分の「瞬きするほど長い季節がきて」はどういう解釈をしたらいいのでしょうか?

別れた恋人と過ごす季節は瞬きするほど速く過ぎて、別れて同じ季節がくると長く感じる。という意味でしょうか?

授業で歌うのですが、この部分が分からなくて、、、よろしくお願いします。

投稿日時 - 2018-01-18 17:13:30

QNo.9419733

困ってます

質問者が選んだベストアンサー

草野さんの詩は難解で,どうとでもとれる微妙な響きを使う人だと思います。

この詩を全体としてつじつまが合うように解釈すると,かなり悲しい歌で
本当に合唱とか授業でつかって大丈夫?って曲だという人もいます。
もし感情移入してしまうひとなど,この曲の響きだけで気に入っているのであれば以下は読まなくても良いかもしれません。

あえて断った上で一つの解釈として書くと,

まあおおざっぱに言うと,
この彼の彼女がもう死んでしまっている。さびに,
「さよなら 君の声を 抱いて歩いていくああ 僕のままで どこまで届くだろう」
この草野さんというひとは恋人が死んだときの歌を何度か作っていて,その可能性があります。
それに単純に別れただけの時の歌詞は実はもう少しトーンが明るいんです。
君の声を抱いて歩いて行く というのは一生彼女の思い出を背負っていく覚悟で,この気持ちをどこまで自分のまま,変わりないままで行けるだろうかと言っています。

細かい解釈は省略しますが,彼女との未来しか想像できない彼は,他の誰かに(まだ彼女が好きなのに)あなたが好きだと他の人に嘘をついて,結局バレて傷付けたりする未来があるだろうかと考えて見たけど,やはり無理だろうと考えて絶望してしまうのです。

楓の色がつく季節の晩秋に,彼は彼女の後を追おうと考えます。
死んでしまうので瞬きしたつもりで,その瞳を閉じている間だが永遠という長い季節になってしまうわけです。
そのために最後の言葉が意識が途切れたために途中で終わっていると考えられているのです。
以下が最後の部分
「さよなら(親や友人などへの言葉)
君の声を 抱いて歩いて行くああ 僕のままで どこまで届くだろう
(あなたと一緒にいたときと同じままの自分で彼女の元へ行けるのだろうか)
ああ 君の声を 抱いて歩いて行く
ああ 僕のままで どこまで届くだろう(僕は自ら死を選んでも彼女と同じ天国に行けるだろうか)
ああ 君の声を…(途中で意識が途絶えた)」

ほら,悲しすぎて授業なんかで唄えないでしょ。

投稿日時 - 2018-01-18 17:52:39

お礼

回答ありがとうございます。

深読みするとそんなニュアンスまででてくるんですね。

投稿日時 - 2018-01-25 20:52:48

このQ&Aは役に立ちましたか?

0人が「このQ&Aが役に立った」と投票しています

回答(5)

あくまで自分なりの解釈ですが。

辛いときは時間が過ぎるのが長く感じますよね?
瞬きするとき→目を疑うほどびっくりしたとき
とすれば、想像を絶するほどに長い季節、
瞬きすらも長く感じられ
時間が止まったように呼び合う名前が
こだまするような季節と解釈できます。

メッセージが曖昧なところが
スピッツの魅力でもあるので、
自分なりに情景をふんわりと感じられれば
あまり細かい意味を追求する必要はないかと。

投稿日時 - 2018-01-21 17:14:07

お礼

回答ありがとうございます。

投稿日時 - 2018-01-25 20:53:50

ANo.4

歌にはいろんな解釈があると思いますが、私も考えたことがあるので、意見のひとつとして書かせていただきます。

歌詞だけ見ると瞬きは一瞬なのに長い季節?と思いますが、メロディーと合わせるとこんな情景が思い浮かぶのです。

恋人と別れて目を閉じたときのように悲しくて何も見る余裕がなかった。
実は目の前に恋人がいるんじゃないかと思って再び目を開けてみたら、やっぱり誰もいない。
瞬きしている間見失っていただけだと言ってくれそうな恋人がいなくて長い時だけが過ぎていた。
目を開けても君は見えないけど、君が僕を呼んでいるのが聴こえてくる。
君にも僕の声が聴こえているだろうか。

私はこのような情景を思いながら楓を歌います。

投稿日時 - 2018-01-20 18:42:36

お礼

回答ありがとうございます。

投稿日時 - 2018-01-25 20:53:36

ANo.3

素直に解釈するならば、瞬きするたびに時間って経過していきますよね。
瞬きするたびに、時間(季節)がめぐってくる
長い季節ということは、いくども季節がめぐってきたのでしょう。(別れて数年は経過したのかもしれません)
また。時間が経てば経つほど、ふたりの距離は当然遠くなりますよね。
その距離を「呼び合う名前がこだましはじめる」と表しているんじゃないかと思いますよ。
※街中で偶然出会い、再び恋が始まるような距離では決してなく、遠くの山に呼びかけるほど遠く遠く心が離れてしまったふたり。(もう二度と会えないだろうふたり)

彼にとっては、別れたことが昨日のように鮮明に感じられるのかもしれませんが、実際にはそうではない。
そういう恋物語だろうと思います。

投稿日時 - 2018-01-18 20:34:31

お礼

回答ありがとうございます。

投稿日時 - 2018-01-25 20:53:22

ANo.2

歌詞に限らず詩というのは正しい解釈があるわけではなくて、それを読んだ人が読んだ人なりに解釈していいものだと思います。
そしてひととおりの解釈ではなく、様々な解釈ができる詩が優れている詩だと思います。

投稿日時 - 2018-01-18 19:44:05

お礼

回答ありがとうございます。

投稿日時 - 2018-01-25 20:53:06