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「誰かの役に立ちたい」

という欲求は何欲ですか?

投稿日時 - 2017-04-21 22:29:47

QNo.9320241

困ってます

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回答(5)

ANo.5

難しいですが、人の役に立つ行為を社会的にしたいという意味では、献身、自己犠牲という自己顕示欲にも思えますが。

そういえば今プロ野球を見ていますが、プロスポーツも誰かの役に立っているわけです。そういう他者の求めに応じたいというのは、承認欲求なのか献身なのか利他主義なのかというのは未だ判然としないです。スポーツは献身的でもない、逆に花形ですね。

ついでにここで匿名で回答しているのは、何なんでしょう?自分がこれでも誰かの役に立っていると思いたい何かですね。仕事とは何かにも通じる何かです。それは需要に応えるということでしょうか?自分の思いと需要がいつもずれ、自分の持ち場は何なのかといつも思いますが。持ち場のある人が羨ましいのはたぶん誰でもですね。

投稿日時 - 2017-04-23 16:43:15

ANo.4

養護欲求です。
誰かの役に立ちたいというのは助けたいというのと変わらないからのようですね。

投稿日時 - 2017-04-22 10:19:12

ANo.3

人間の本性に基づき、そこから発して来るいよくでしょう。
だから欲望ではないと存じます。欲望の定義にもよりますが。
つまり人間が本来的に担っている人間意欲、価値へ向かう意欲だと思います。
だから価値実現欲といってもいいでしょう。

投稿日時 - 2017-04-22 08:33:59

ANo.2

支配欲でしょう。ありがたいと思う人を支配したいということで、ほかの欲求と変わりはないと考えるべきでは。

投稿日時 - 2017-04-22 00:17:15

ANo.1

Q、誰かの役に立ちたいとは?
A、それは欲求ではなくて願望ですが、強いてであれば

「誰かの役に立ちたい=人間的な欲求」と定義できるでしょう。以下は、なぜそう定義できるのかの説明です。

 本題に入る前提として、欲求と願望の違いをさらっと。

欲求:己の生存のために必要な要素の欠乏を充足せんがためのもの。
願望:己の生存スタイルに対して「こうありたい」と思うこと。

 犬や猫は、「誰かの役に立ちたい!」なんて考えません。盲導犬や介助犬もユーザの役に立ちたいからお仕事をしているのではありません。褒めてもらえるし人との絆を強く感じることができるから仕事をしているのです。もちろん、仕事としてではなくて人の反応を引き出す行為の延長として・・・。

 一方、人間は、そういう生理的・生体的な欲求を充足させるためにのみ生きている訳ではありません。人間は、極めて意識的にお仕事をしている点で、盲導犬や介助犬と決定的に違います。

 意識的にお仕事をすると、そこに文化が生まれ、そこに社会システムが築かれます。犬や猫の社会と人間社会との差異はそこにあります。

 社会システムの一員であれば、必ず、「自己中心をモットウに生きるのか?」それとも「誰かの役に立ちたい!」という二つ生き様のどちらに重きを置くのかを無意識あるいは意識的に選択せざるをえません。これは、労働を通じて文化と社会システムを作り出した人間の宿命みたいなもんです。まあ、そういう意味では、「誰かの役に立ちたい=人間的な欲求」と定義できるでしょう。

 以上。

投稿日時 - 2017-04-21 23:30:53