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解決済みの質問

貴方の 「 いちご白書をもう一度 」

記憶とは面白いもので、一昨日の夕食が中々思い出せない代わりに、遥か昔の事はその襞に鮮明に刻まれていたりしますが、バンバンが唄って大ヒットし、当時ほぼ無名だったユーミンを世に送り出す切っ掛けとなった 「 いちご白書をもう一度 」という曲があります。

当時 10代 であった私にとっては、今尚そのイントロを聞くだけで何十年もの時空を飛び越え、当時の彼女と手に手を取って都内某名画座へ赴いたあの頃を思い出させる名曲。

肝心の映画自体、アメリカに於ける学生紛争に恋愛を絡めたそんなストーリーであったと記憶しておりますが、正直さほど面白いものとは思わなかった、何よりも意味が分からなかった。

ただただ汗ばんだ指を絡め、 「 今のあれ分かった ? 」 「 ううん、全然 ! 」 そんな会話だけが思い出され、まあ可愛い時代もあったものと・・。

気が付けば社会に放り出され既に30年、思い出深いのは僅か10数年でしかなかった学生時代の事ばかりであったりしまして、金で何とかなるものであれば、大枚を叩いてでも貧しかったあの時代を買い戻したいほどです。

さて映画そして歌に絡んだ、貴方の学生時代の思い出を御聞かせ下さい。

投稿日時 - 2015-05-10 07:03:33

QNo.8972355

暇なときに回答ください

質問者が選んだベストアンサー

なんという哀しい質問でしょう。
僕にとっての“いちご白書”は、大塚博堂の
「ダスティン・ホフマンになれなかったよ」です。
https://www.youtube.com/watch?v=g-XjzD-q-HQ

大学の同じ専攻の後輩に、好きな子がいました。
ただ、僕は母子家庭で金がなく、共通の製図室で話をする
以上の事はできませんでした。
妙な活動をして学務部にニラまれた僕はろくに就職先を
紹介してもらえず、松本の零細設計事務所に就職、優秀な
彼女は東京の有名設計事務所に就職し、時々手紙を交わす
程度になってしまいました。
『このままではいけない』と思った僕は、彼女が動物好きで
アフリカの話をさかんにしていた事を思い出し、協力隊に応募、
「ケニア以外行きません」と主張して、無事合格しました。
引き止める事務所の所長とケンカになり、協力隊訓練所入所
ひと月も前にクビになった僕は、ボロアパートで荷造りを
しながら、『この事を彼女に何と伝えよう』とワクワクして
いました。
そんなある日、ハートマークで封をしてある封書が届きました。
彼女からの、「私たち結婚します」のお知らせでした。
これが、ちゃんと付き合っていたのなら、この歌に歌われて
いる映画「卒業」のラストシーンのダスティン・ホフマンの
ように、結婚式場に乗り込んで花嫁を奪って逃げる事もあり
得ようが、上記のような有様です‥‥まさに「ダスティン・
ホフマンになれなかったよ」です。

投稿日時 - 2015-05-10 17:53:08

お礼

psytex さん、こんばんは。

>僕にとっての“いちご白書”は、大塚博堂の
>「ダスティン・ホフマンになれなかったよ」です。

ああ、これは切ない曲でしたねぇ・・本当に、当時の高校生の私もそう思いましたもの。

それにしても 「 卒業 」 って映画は、今観ても肺腑を抉る名作です、でも普通 ダスティン・ホフマンにはなれない。

>大学の同じ専攻の後輩に、好きな子がいました。
>ただ、僕は母子家庭で金がなく、共通の製図室で話をする
以上の事はできませんでした。

昔は誰もが貧しかった、私とて同じです。
でもそれとこれとは別の話、そう割り切って欲しかったなぁ。

>『このままではいけない』と思った僕は、彼女が動物好きで
アフリカの話をさかんにしていた事を思い出し、協力隊に応募、
「ケニア以外行きません」と主張して、無事合格しました。

女性の存在は如何なる時も若い雄のモチベーションとなります、それにしても思い切った事をされたもの・・。

>そんなある日、ハートマークで封をしてある封書が届きました。
>彼女からの、「私たち結婚します」のお知らせでした。

傷の上に塩を塗り込むより数倍も、残酷な仕打ちです。

>これが、ちゃんと付き合っていたのなら、この歌に歌われて
いる映画「卒業」のラストシーンのダスティン・ホフマンの
ように、結婚式場に乗り込んで花嫁を奪って逃げる事もあり
得ようが、上記のような有様です‥‥まさに「ダスティン・
ホフマンになれなかったよ」です。

かの 「 卒業 」 のラストシーンに於いて、ベンとエレーンの双方で合意が為されていたとはとても思えない、それにしても胸に秘めたそんなラブ・ストーリーがおありでしたか。

一生忘れられないでしょう、少なくとも私だったらそうです。

珠玉の思い出の御披露、誠にありがとうございました。

投稿日時 - 2015-05-10 22:38:55

ANo.7

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回答(12)

ANo.12

イソケンさんこんにちわw

>さて映画そして歌に絡んだ、貴方の学生時代の思い出を御聞かせ下さい。

学生時代の儚い恋の話はもうあらかた書いちゃってるので、就職してすぐの21歳頃の話でもいいでしょうか。大学に行ってれば「いちご白書」な年頃ですよね。

Tちゃんとは趣味の演劇で知り合いました。彼女の女子大の演劇公演を観に行き、どうゆう流れだったかセットのバラシを手伝い、その後1時間くらい立ち話して電話番号を交換しました。私よりわずかに背が低い、女子にしては長身でスレンダー、ゆるいパーマのロングヘアの、エキゾチックな美女でした♪

電話番号をもらったものの、こちらは社会人、彼女は2つほど年下の学生だったので「俺はロリコンなのか?」と電話の前で葛藤・・・いよいよ3日目に決心して電話しようと受話器に手をかけた瞬間電話が鳴りました。Tちゃんでした!

最初のデートでキスまで行った気がします。控えめな印象の彼女ですが、向こうから大人なキスを仕掛けてきました!それから週に何度か、会社帰りに彼女のアパートに寄るようになりました。

ある日彼女の部屋へ行くとダンボールの荷物があり、親御さんが買ってくれたMac一式なんだけど配線の接続できないとのこと。私が接続してあげたら、その夜彼女とも接続できました♪ ちなみに隠れ巨乳でした! それからは時々泊まっては朝会社へ出かける半同棲生活でしたねw

昼は淑女夜は娼婦で理想的な彼女でしたけど、なんか秘密主義で、昼間地元を一緒にデートできなかったり、部屋で知人男性から電話があったときは物音立てちゃいけなかったりで、なんか面白くねーなと思って会わなくなりました。最後に話したのはかなりしょーもない用事の電話で、あれが彼女なりの引き留めだったのかもしれませんが、自分的には自然消滅のつもりでした。

数年後、今の妻と婚姻届提出に市役所に行った時に受け付けた職員が、なんとTちゃんでした!
ちゃんと別れてれば何も後ろめたい事ないのに、あの頃自分が黙って去った事の罪悪感が急に芽生えて、ものすごくパニクりました・・・そんな私を見て多分Tちゃんは内心面白がってましたね・・・

投稿日時 - 2015-05-12 16:17:29

お礼

mikasa さん、こんばんは。

>学生時代の儚い恋の話はもうあらかた書いちゃってるので、就職してすぐの21歳頃の話でもいいでしょうか。大学に行ってれば「いちご白書」な年頃ですよね。

お互いもう隠すものがないほど曝け出してる、お盆で股間を隠す酔っ払いみたいなもの、見る人が見れば我々の正体はバレバレでしょう。

正直私ももう駒が尽きた、次回からは非公開アンタッチャブル編で行こうと思ってます。

>数年後、今の妻と婚姻届提出に市役所に行った時に受け付けた職員が、なんとTちゃんでした!

なるほど、有名なあの女性でしたか、だったら私も知ってます。

>電話番号をもらったものの、こちらは社会人、彼女は2つほど年下の学生だったので「俺はロリコンなのか?」と電話の前で葛藤・・・いよいよ3日目に決心して電話しようと受話器に手をかけた瞬間電話が鳴りました。Tちゃんでした!

21歳と19歳の交際に何の問題があるとも思えない、ただ長い事私も恋愛のターゲットは同い年に限るという拘りがありました、年下にはモテて当たり前、そんな彼女達に粉をかけるなんてモテない男のする事だと・・、今思えばまあ料簡が狭いこと。

>ある日彼女の部屋へ行くとダンボールの荷物があり、親御さんが買ってくれたMac一式なんだけど配線の接続できないとのこと。私が接続してあげたら、その夜彼女とも接続できました♪ ちなみに隠れ巨乳でした! それからは時々泊まっては朝会社へ出かける半同棲生活でしたねw

後々そんな接続が待っているなら、どんな労をも惜しまない、巨乳万歳ですねぇ。

>昼は淑女夜は娼婦で理想的な彼女でしたけど、なんか秘密主義で、昼間地元を一緒にデートできなかったり、部屋で知人男性から電話があったときは物音立てちゃいけなかったりで、なんか面白くねーなと思って会わなくなりました。

賢明な為され方であったと思いますよ、恋愛はやっぱり自分にとって気持ちがいいものでなくっちゃ・・。

>ちゃんと別れてれば何も後ろめたい事ないのに、あの頃自分が黙って去った事の罪悪感が急に芽生えて、ものすごくパニクりました・・・そんな私を見て多分Tちゃんは内心面白がってましたね・・・

どうって事ありません、私は何度か消息を絶った事がある、別れのセレモニーもせずにです。
今となっては反省の日々ですが・・。

回答ありがとうございます。

投稿日時 - 2015-05-12 22:10:53

ANo.11

こんばんはisokenさん。

まだ質問が開いておりましたので、回答の続きをと・・・
私は松本の妻八重子さんのことで言えば、昔の女性はと言うつもりもない。
彼女の性根と言うか人間としての芯のありようなのでしょう。
波谷さんへの尽くしかたを眺める時、これはなまなかな性根で出来ることでもない。

sqさんの回答を眺めていて、また回答意欲に火が点く、アハハハ
私は最近殆ど洋画カテで質問することもありません、ましてアンカテではね。
sqさんがメルヴィルのことを言う・・・
同様、私がフランスで一番好きな監督です。
ではどこが魅力かと言えばこれがなかなか難しい・・・
それとあとカメラのアンリ・ドカエ、これが素晴らしい!
全体の青みがかったトーンの映像ですが良いコンビのようでしたね。

「サムライ」「仁義」、
「仁義」はレンタルであるかも知れませんね・・・
でも「サムライ」はどうだろう?
私にアラン・ドロンで好きな作品が3本あります、
「サムライ」「太陽がいっぱい」「さらば友よ」、あとはあまりね殆ど観てますけど。
ああ、「地下室のメロディ」もありますがあれはジャン・ギャバンの映画ですし・・・
isokenさんに「さらば友よ」は観てほしい、フランス版任侠です。
チャールズ・ブロンソンは私の中ではこれが一番!!!
テアトル東京で観た映画です。

先日、映画カテを眺めていましたら「仁義なき戦い」の質問をされている方がおり、
別に回答するつもりもありませんでしたが、面白かったのは、
関連質問でisokenさんの質問が一番上にありましてね、
私、退会したりしてますからね、自分の回答を読みようもなく、
こんな事を言ってたか!今も同じですから進歩のないこと。アハハハ
でも、懐かしくはありました。

変わり者と言うことで私とmarcさんを一緒にしてほしくない。
私は極々、一般常識人と自分では思っていますしね、アハハハ
彼はね、こう言う事を言う、簡単なことは難しく、難しい事はより難しく!
どうしてそう言う発想になるものか?私は不思議でしょうがない・・・
でも、言うことは人並み以上に正論ですから手がつけられない。
私もたまに悪態をついてやりますが、どこまで通じているものか?

ここいらで・・・

投稿日時 - 2015-05-12 01:23:13

お礼

kamejrou さん、こんにちは。

昼間っから風が凄いですね、まあ台風になるよりはましなのでしょうが、千葉辺りは殊更そうなんじゃないでしょうか、十分に御留意下さい。

>sqさんの回答を眺めていて、また回答意欲に火が点く、アハハハ
私は最近殆ど洋画カテで質問することもありません、ましてアンカテではね。
>sqさんがメルヴィルのことを言う・・・

sq さんは謙虚な方で小出しにしかされませんが、そっち方面の造詣は随分とお深い、私の大風呂敷とは大違い。

まあ私は任侠関係専任という事で、御願いします。

>「サムライ」「太陽がいっぱい」「さらば友よ」、あとはあまりね殆ど観てますけど。
>ああ、「地下室のメロディ」もありますがあれはジャン・ギャバンの映画ですし・・・
>isokenさんに「さらば友よ」は観てほしい、フランス版任侠です。
>チャールズ・ブロンソンは私の中ではこれが一番!!!
>テアトル東京で観た映画です。

さて 「 さらば友よ 」 ですが、実は随分と前から私の DVD コレクションの一角に加わってます。
ところが観ていて途中で飽きちゃった、きっと後半部分が面白いのでしょう、ただ私も有名なラスト・シーンだけは知っておりますよ。

ここのところ有象無象の DVD を買い漁り、未開封の物だけでも100本近く貯まってしまいました、「 さらば友よ 」へ行き着くのははていつになる事やら・・。

>面白かったのは、関連質問でisokenさんの質問が一番上にありましてね、

はて何だったろう?、・・という事で今調べてみましたら、「 印象的なセリフ 」 でしたか、もう1年8ヶ月も前の事。

残念ながら私以外の全員が noname になってしまわれましたが、よく覚えてますよ、kamejrou さん・ ex さんそして sc さんから御回答賜わりました。

それにしてもお互いに相も変わらずですねぇ、そう言えば先のお礼で言い忘れましたが、広島戦争の複雑さ代表する人物が、kamejrou さんもよく御存知の山口英弘さんでしょう。

「 仁義なき戦い 」 では室田日出男さんが演じて、それこそ悪の権化のように扱われていますが、あの方だって広島任侠界の一方の雄、それこそ言いたい事は山ほどあったと思います。

>変わり者と言うことで私とmarcさんを一緒にしてほしくない。

何時ぞや michiyo 姐さんから、何人かが纏めて珍獣扱いされましたが、そこに marc さんが入ってないのは正直納得が行かない、 marc さん!これを見ておられましたら、まあ御愛嬌という事で御許し下さい。

回答ありがとうございます。

投稿日時 - 2015-05-12 19:36:01

ANo.10

isokenさん、おはようございます。

>記憶とは面白いもので、一昨日の夕食が中々思い出せない代わりに、遥か昔の事はその襞に鮮明に刻まれていたりしますが

ほんとうにそうですね。10代の頃の思い出や人名はいまだに憶えているのに、最近の人に対しては、あれ?誰だった?ですものね。

さて
中高生の頃から洋画に結構うるさいマセた10代でしたが・・
ジャン・ピエール・メルビルの大ファンで、特に「サムライ」「仁義」は良かったですね。

彼独特の世界フィルム・ノワール。もっとも彼だけではなく、フィルムノワールを標榜する映画作家は他にもありますが。
わたしにとっては、委細お構いなくノワールと言えばメルビルでした。

近年タケシがアウトレージ・シリーズを手掛けています。
私に言わせると、ちょっとあれは違うのじゃないですか?と言いたい。

どこが違うかと言えば、メルビルのそれには、男同士の友情・仁義といった面が裏打ちされているから。もちろん非情・裏切り・殺しと言った要素もありますが・・。
が、それを補って余りある昏い抒情があると思うのです。

「サムライ」に出ていたナタリー・ドロン。最初(結婚前)はBまたはVから始まるファミリーネームだった筈。
あの強烈なお色気。そう言っちゃなんですがアメリカ女優には出せない。
彼女をisokenさんが推奨されているのは承知しています。

今になって思うと中学高校時代には、今風の言葉で言えば「友達申請」を向こうからしてくれるクラス仲間が結構いました。
それに対して自分が冷淡ではなかったか、と悔やまれます。またそれについてお話しする機会もあるでしょう。

では、こういう時間ですのでこの辺で・・

投稿日時 - 2015-05-11 07:29:38

お礼

sq さん、こんにちは。

>ほんとうにそうですね。10代の頃の思い出や人名はいまだに憶えているのに、最近の人に対しては、あれ?誰だった?ですものね。

最近は殆どボケ老人の世界でしてそりゃもう物忘れが激しい、特に人名が出て来ない、或る種の危機感すら感じております。

>中高生の頃から洋画に結構うるさいマセた10代でしたが・・
>ジャン・ピエール・メルビルの大ファンで、特に「サムライ」「仁義」は良かったですね。

sq さんの博識とは違い私は映画に本当に疎い、「サムライ」「仁義」というタイトルこそ聞いた事がありますが、この方のお名前は知りませんでした。

>「サムライ」に出ていたナタリー・ドロン。最初(結婚前)はBまたはVから始まるファミリーネームだった筈。
>あの強烈なお色気。そう言っちゃなんですがアメリカ女優には出せない。
>彼女をisokenさんが推奨されているのは承知しています。

ハリウッド映画のダイナミズムとフランス映画のエモーション、女優さんそして作風も誠に対照的な気がしますが、私にとってフランス人女優と言えば アヌーク・エーメ と ナタリー・ドロン、このお二人が全てです。

互いに違った色合いのフェロモンを出す女優さんですが、私もルノー・ヴェルレーのように、いい子いい子されてみたかった・・。

>今になって思うと中学高校時代には、今風の言葉で言えば「友達申請」を向こうからしてくれるクラス仲間が結構いました。

中高おまけに大学に至るまで、いや私の場合今でさえ友人は少ないですよ、それはもう笑っちゃうほどです。

いい歳した今でも我儘ですから、仕事は抜きにしてつまらない場所には1分といれない、お愛想笑いの一つも出来ませんものねぇ・・。

ところで私も細々とフェイス・ブックに関わっておりますが、知人がブログを更新する度に態々知らせて来て、こっちもお付き合いで 「 いいね ! 」 ってやんなきゃならない、他人の事に興味ゼロの私にとっては正直苦痛でしかありません、まったくどこが面白いんだか・・。

ただ唯一のいいところが、忘却の彼方であった旧友を捜し出し、お節介に教えてくれるところ、中には 「 お~ 」 ・・という名前もありまして、時にはそんな旧友から友達申請があったりします。

ただ再会した事はありません、全てが御膳立てされた同窓会の類とは違い、何十年の溝を埋めるのは結構大変なんですね。

回答ありがとうございました。

投稿日時 - 2015-05-11 21:47:17

ANo.9

こんばんはisokenさん。

別に最近回答が最初と言うことで回答を遅れさした訳でもないのですが、
午前中早くから出かけて先ほど帰宅したのです、質問は出かける前に承知しておりましたが・・・・
「いちご白書」?
これは私の二十歳の頃の映画でしょう・・・
新宿の小さな映画館で観たように思います、私もそれほど鮮明に記憶にある訳でもありませんけど、
ただ、分からないと言うことはなかった・・・分かると共感出来ると言うことは別の話ですし。
私、isokenさんには度々言ってますけど本当に裕福だった!アハハハ

学生時代の思い出と言われてもあなたには語り尽くしているような気もするし・・・
まあ、私の回答には期待もされていないでしょうし、雑談をさせていただく。
当時、ミニ・シアターと言うのか随分多いものでした・・・
あんな馬場の小さな町にも2軒ありましたものね、馬場の駅を出て左に100Mくらいの場所に西友、
その隣の地下に小さな映画館・・・
以前にもお話しましたが暗い気持ちで観たのが「卒業」でした。
何年か前に車で前を通りましたが跡形もありません・・・

新宿にも随分ありました・・・
今の新宿西口の酔いどれ横丁の向かいにビックカメラの大きな看板がありますが、
あの下はちいさな映画館だったのです・・・私は良くそこで映画を観ましたよ。
当時、ハリウッドは大作主義でしたからロードショーと言うのは必ず大きい映画館なのです・
有楽町ならテアトル東京、新宿ならミラノ座・・・
私は渋谷は良く知らないのですがパンテオン?

ただ、大作ではないが面白い映画と言うことで上映している映画館も多かったのです。
前述の馬場の映画館もそうだと思います・・・
ただ、どうしてもこぼれる映画は出てくる、スェーデンの国のような素晴らしい映画もあるわけです
別にスェーデンに限ったことでもないのですが、どうも集客数が期待出来ない・・・
観る側は分かりませんからね・・・
ただ、私はあの頃の小家主さんと言うのは映画と言うものが好きだったのだろうと思いますね。
別に採算度外視と言うこともないでしょうけど、映画と言うものが好きであったとしか言えませんものね

こう言う映画館は私の知ってる限りでも何軒かありました、
今の新宿駅中央口の正面通りの右側にもありましたし南口にもあったように思います、
我々はその中で人生の片鱗のようなものに及ばずながら心が至ったのかも知れません・・・。
さて、この私の学生生活の映画の思い出の最後に・・・・
私は自分にとって面白い映画がやはり面白い映画なのだと思います。
最近の若い方でも「東京物語」「小早川家の秋」が面白いと言う・・・
はて?彼らは何処が面白いのだろう?

さて・・・最後に波谷さんのことにも少し触れて終わりにしましょう。
isokenさん先日、「最後の博徒」これの映画なり本を読まなければ全体像は摑めない・・
この度、読み返してみてまことに仰るとうりでしょうね。
これは実に広島戦争と言うのは複雑なのです・・・
今回、私が印象深かっかたのは菅谷さんの身内の天野洋志穂さんが、
「御大と河面清志さんが日がな一日碁を打っている・・・
 それで何を話すかと言えば何も話さない、ただ無言で一日を過ごす・・
 脇でそれを眺めている松本年春も、黙って一日それを眺めている、もう辛気臭いことおびただしい」

私など涙もろいからこうして分かりあった男たちに涙が出る(笑い)
松本年春の妻八重子の話もしたいのですがさすがに長過ぎでしょうし・・・
ここいらで・・・

isokenさんには申し訳ありませんがここを少しお借りして一人言を・・・
「ムッシュ・クラタ」面白く読みました、なるほど黄色いフランス人面白い一冊でした。

今日は4人の方とお話してさすがに私も疲れましたここいらで・・・

投稿日時 - 2015-05-10 21:07:38

補足

kamejrou さん、こんばんは。

さてお礼の方が長くなりそうですので、明日また改めまして・・。

では、おやすみなさい。

投稿日時 - 2015-05-10 23:09:39

お礼

kamejrou さん、こんにちは。

>「いちご白書」?
>これは私の二十歳の頃の映画でしょう・・・
>新宿の小さな映画館で観たように思います、私もそれほど鮮明に記憶にある訳でもありませんけど、
>ただ、分からないと言うことはなかった・・・分かると共感出来ると言うことは別の話ですし。

1970年の公開ですね、私はまだ小学4年生辺り、駄菓子屋に日参していた頃です。

リバイバルで観たのが中3或いは高1だったか・・、それまではブルース・リーですから、ちょっとばかり背伸びをした気分でした。

>私、isokenさんには度々言ってますけど本当に裕福だった!アハハハ

私は随分と肉体労働系のバイトをやりました、何時ぞや申し上げたテキヤ系そして土方なんてのも含めまして・・。
あの頃は手っ取り早く金になりました、今とは違い肉体の酷使がそれなりの対価を保証された時代でありましたねぇ。

>今の新宿西口の酔いどれ横丁の向かいにビックカメラの大きな看板がありますが、あの下はちいさな映画館だったのです・・・私は良くそこで映画を観ましたよ。

それは知りませんでした、何しろ新宿をどうにか一人で歩けるようになったのは、大学に入ってからの事です。

さすがは大新宿、渋谷辺りとは繁華街としての規模が段違いですし、東口から西口へどうやって行けばいいのかすら分からなかった・・。

新宿の面白いところは、東口・西口・南口それぞれが違う顔を持つところ、・・とまあ勝手にそう思っておりますが、例えば東口は歌舞伎町への通路、西口はオフィス街へ、そして南口は場外馬券売り場とスキー用品、私にはそんな程度しか関わりを持たない街でもありました。

>私は渋谷は良く知らないのですがパンテオン?

今では複合レジャー施設に生まれ変わった渋谷駅に隣接する旧東急文化会館、そこに入っていた4つの映画館の1つがパンテオンでした。

私には涙が出るほど懐かしい場所です、何しろガキの頃から慣れ親しんだ遊び場ですから・・。

大学にもあの脇をすり抜けて通いました、その先のクネクネした細い通りが青山通りへの近道でして、そこを突っ切り東邦生命ビルの1Fを潜り抜けると、西門へと至る裏道に出るんです。

>今回、私が印象深かっかたのは菅谷さんの身内の天野洋志穂さんが、
>「御大と河面清志さんが日がな一日碁を打っている・・・
> それで何を話すかと言えば何も話さない、ただ無言で一日を過ごす・・
> 脇でそれを眺めている松本年春も、黙って一日それを眺めている、もう辛気臭いことおびただしい

天野さんといえば、波谷守之さんが弟と呼び最も可愛がった人物ですねぇ。
この方の人生も波乱万丈です、最期は山口組直系となりましたが、除籍処分を受け引退の道を選んだ。

河面清志さん・松本年春さんのお二人も面白い、俺が俺がというヤクザ世界では全く異質の人物といった印象ですが、やる事は凄かった・・。
阿賀者気質とでも言うんでしょうか。

>松本年春の妻八重子の話もしたいのですがさすがに長過ぎでしょうし・・・

ヤクザ社会で何が面倒といって、長い懲役に行った亭主のバシタの面倒を見る事ほど難しい事はないといいますが、この女性は波谷御大と旦那に尽くし抜いている、今じゃおりませんでしょう、こんな人は・・。

まあ波谷守之さんの話が出来るのは、kamejrou さんと marc さんぐらいでしょうかねぇ、それほどこの3人が変わり者という証でもありますが・・。

回答ありがとうございます。

投稿日時 - 2015-05-11 19:41:57

ANo.8

中学の頃にはもう浜田省吾さんのファンだったんですが・・・

朝 机の中になにやら入ってるなー・・と思い 出してみると

浜省の写真や記事の切抜きでした。 何度もありましたが

誰が入れてくれてたのかは 解らないままでした。嬉しかったです。

投稿日時 - 2015-05-10 20:54:22

お礼

smi さん、こんばんは。

>中学の頃にはもう浜田省吾さんのファンだったんですが・・・

浜省は私も嫌いじゃない、ただ彼の場合好きな歌とそうでない歌の落差があり過ぎて・・。

因みに私の 2TOPは、 「 片想い 」 と 「 ラストショー 」 です。

「 知っていたのに、それだけでいいはずなのに、愛を求めた片想い 」 、切ない曲ですよね。

>朝 机の中になにやら入ってるなー・・と思い 出してみると
浜省の写真や記事の切抜きでした。 何度もありましたが
誰が入れてくれてたのかは 解らないままでした。嬉しかったです。

そりゃ 100% smi さんを好きだったクラスメイトの女の子・・、そこにも切ない片想いが転がっていたんですねぇ、いいお話です。

きっと可愛い子だったと思いますよ、そんな娘の方が積極的ですから・・。

回答ありがとうございます。

投稿日時 - 2015-05-10 23:05:45

記憶とは面白いもので、すでにセンシティブな若者たちの間で絶大な人気を誇っていたユーミンが、残っていたレコード会社との契約があって、いやいや作った「いちご白書をもう一度」という曲を.バンバンというグループが歌って大ヒットしてしまった。

当時、ほぼ無名だったバンバンは、この曲で世に出ることになりました.

ユーミンは、いやいや作ったこの曲を歌わない。

投稿日時 - 2015-05-10 17:47:29

お礼

pinaisa-la さん、こんばんは。

>記憶とは面白いもので、すでにセンシティブな若者たちの間で絶大な人気を誇っていたユーミンが、残っていたレコード会社との契約があって、いやいや作った「いちご白書をもう一度」という曲を.バンバンというグループが歌って大ヒットしてしまった。

都会の人間はセンシティブでないのかも知れませんねぇ、少なくとも私は知らなかった。

>ユーミンは、いやいや作ったこの曲を歌わない。

唄っておりますよ、セルフ・カバーもしているはず、 you tube を御覧下さい。

ただ何十回と行った彼女のコンサートで、あの曲を聞いたのがたった1回というのもその通りです。

そのたった一度が我が母校の学園祭でした、それはもう 33~4年ほど前の事・・。
後で聞いたところ、当時付き合っていたうちの学生との往時に思いを馳せた曲であったとか・なかったとか、はてどっちが振ったのやら・・。

回答ありがとうございます。

投稿日時 - 2015-05-10 22:16:07

isokenさん こんにちは

>映画そして歌に絡んだ、貴方の学生時代の思い出
まぁ、気取ってイージーライダーとかウッドストック/
愛と平和と音楽の三日間 とか書きたいのですが、
いずれも高校時代。

70年安保に遅れて学生になった我々の思い出はサムペキンパー監督の
暴力映画 ワイルドバンチとか藁の犬、とそして日本映画なら
「同棲時代」
https://www.youtube.com/watch?v=wnCf7IBOC54
https://www.youtube.com/watch?v=oesGSdo8048
漫画アクションに連載されたこの上村一夫(故人)の漫画ほど
僕らの青春を象徴するものはないでしょう。
漫画を読み映画を観て、大信田礼子の歌も幾度も聴きました。

そしてなんの疑いもなく、「同棲」するのが「愛の形」なのだと
いって彼女を説得し安アパートに転がり込んで、あの劇画そのまんまの
暮らしをしていました。
無軌道といえばあれほど無軌道な生活もなく、仕送りで生活する
身ながらコンドームだけはしっかり買って、それでも危ない橋を
渡って生理がくれば安酒を買って祝う。まるで馬鹿な暮らしをして
いました。
あの時代によく歌った唄は、井上陽水「東へ西へ」
炬燵に足をつっこんでギターをかきならし井上陽水の歌を
がなりたていると彼女がお汁粉を作ってくれたのを思い出します。
子供ができたら・・・もちろん産むしかないと思っていました。
堕胎の結果今日子(同棲時代のヒロイン)は精神を病んでしまう。
それがどれだけ悲惨なことなのかあの劇画が教えてくれた。
だから妊娠は怖かった。
そういう危ない橋を渡った絆で結ばれていたと思った彼女も
いつか縁が遠くなって会社の同僚とつきあうようになり
私は私で別の道を歩みはじめました。

男女のつきあいでは学生時代はほろ苦い思い出ばかりの日々です。

投稿日時 - 2015-05-10 15:47:50

お礼

ex さん、こんばんは。

>まぁ、気取ってイージーライダーとかウッドストック/
愛と平和と音楽の三日間 とか書きたいのですが、
いずれも高校時代。

「 いちご白書 」 と 「 イージー・ライダー 」 は、アメリカン・ニューシネマの人気作品だそうですね、あれでチョッパーを知りましたが、「 イージー・ライダー 」 はイメージとしてはカッコ良かった、ただその何たるかが当時ガキの私には皆目分かりませんでした。

>70年安保に遅れて学生になった我々の思い出はサムペキンパー監督の
暴力映画 ワイルドバンチとか藁の犬、とそして日本映画なら
「同棲時代」

「 藁の犬 」 は中学に入った頃でしょうか、この映画で スーザン・ジョージ という女優さんを知りましたが、今調べたら彼女はまだお若い、64歳でしかないんですね。

>そしてなんの疑いもなく、「同棲」するのが「愛の形」なのだと
いって彼女を説得し安アパートに転がり込んで、あの劇画そのまんまの
暮らしをしていました。

そりゃもう激しく同棲に憧れました、通い夫の真似事をした事こそありますが、勿論同棲はありません。

ただ彼女の部屋で寝起きし作ってくれた飯を食う、今思えばママゴトみたいなそんな事が異次元の体験、大人になった気がしましたねぇ、高校生の身では考えられませんでしたから・・。

>子供ができたら・・・もちろん産むしかないと思っていました。
>堕胎の結果今日子(同棲時代のヒロイン)は精神を病んでしまう。
>それがどれだけ悲惨なことなのかあの劇画が教えてくれた。
>だから妊娠は怖かった。

そりゃ、それが一番怖かった。
勿論私もそうです。

>そういう危ない橋を渡った絆で結ばれていたと思った彼女も
いつか縁が遠くなって会社の同僚とつきあうようになり
私は私で別の道を歩みはじめました。

人生の至る所にターニング・ポイントが隠されているもの、ex さんもその彼女ともし結婚しておられたら、その後の半生は随分と違ったものになったでしょう。

私もそう、今の嫁さんと一緒になっていなければ、はてどうなった事やらです。

さて頭がいい美人ほどそそる存在は少ない、・・という事で大崎麻子さんはそんなお一人でしょう、私も以前から注目してました、文句無しです。

ただ惜しむらくは全てのパーツが派手過ぎて、顔の中で夫々の自己主張が激しい為全体としてのバランスがもう一つ、それとお召し物の趣味が地味過ぎる点が気にならないではない、まだまだ綺麗になれるポテンシャルをお持ちの女性でしょう。

彼女への興味は当然その私生活へとも無縁ではありませんが、面白いもので、美女と才女は何故か明け透けな手管に弱いものです。

かつての才色兼備・田丸美寿々がオコゼの様な顔をした中年ジャーナリスト、そしてあの天下の美女松坂慶子が、麻原彰晃に似た無名ジャズ・ミュージシャンに見事にこまされたのがいい例。

10代20代のピカピカのスーパー・カーに手が出るのは、やはり選ばれた一部の男でしかないが、かつての高級車も年代落ちともなれば価格・ハードル共に下がるもの、つまり中年以降にこそいい女との出会いの場がある・・というのが私の持論です。

世の独身中年男性に申し上げたいですねぇ、貴方の周囲に他人も羨む途轍もない出会いのチャンスが転がっているはずだと・・。

これもまあ余談なのですが、やっぱり仕事絡みの女性に手は出せない、普段は大口を叩く私だって彼女達の前に出ればまるでおぼこ娘です。

それはもう10年近く前の事、多分3次会辺りだったのでしょう、銀座で飲んだ後、その頃の意識では火星並に遠かった岩槻に住む部下の女の子を自宅に送り届ける為、タクシーの運転手さんにチケットを渡して 「 悪いけど、岩槻まで頼むね ! 」 、そう全てを委ねたはずでした。

ところが件の彼女が 「 嫌っ ! 」 ・・と私の腕を引っ張った、何しろ銀座発岩槻経由世田谷です、多少でも地理を知る方には常識では考えられない、でもいい歳してときめいちゃった、大して綺麗でもない30前のその娘にです、それが40代の中頃の話。

車内でキスまではしたかも知れません、ただ最期の一線は止まった、そもそも仕事絡み以外でそんな費用対効果の悪いラブ・アフェアをする私じゃない、当然ホテルに直行の場面でしたが何だかなぁ、そんな感じでした。

その後は当然の如く何も無く件の彼女は見事寿退社、その披露宴でスピーチまでさせられまして、若い娘の気持ちは本当に分からない、気を引く素振りのはてどこまでが本気なのか・・。

長くなりました、回答ありがとうございます。

投稿日時 - 2015-05-10 22:12:00

ANo.4

50代♂
少し違う…大人に成ってアニメに填った変なおじさん…
映画 (洋画) が好きだったのは?小学校~中学校の頃です。
両親が映画好きだったので、幼少の頃より映画館に通ってい
ました。

TV でも、映画館でもヒッチコックをよく見ていました。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%83%95%E3%83%AC%E3%83%83%E3%83%89%E3%83%BB%E3%83%92%E3%83%83%E3%83%81%E3%82%B3%E3%83%83%E3%82%AF
アルフレッド・ヒッチコック
http://www.foxmovies.jp/hitchcock/
子供の頃は、ミステリー好きだった。

投稿日時 - 2015-05-10 13:40:12

お礼

2012tth さん、こんばんは。

>少し違う…大人に成ってアニメに填った変なおじさん…

ちょっとばかり変わっておられますね。

>映画 (洋画) が好きだったのは?小学校~中学校の頃です。
>両親が映画好きだったので、幼少の頃より映画館に通ってい
ました。

ああ、これは分かる。
私もそうです、オヤジの影響でした。

「 007 」 シリーズ、そして戦争ものによく連れて行かれたものです。

>TV でも、映画館でもヒッチコックをよく見ていました。

子供にとってヒッチコックは少々荷が重かった、今でもミステリーは苦手な分野です。

回答ありがとうございました。

投稿日時 - 2015-05-10 19:47:12

ANo.3

こんにちは(^-^)

私が働き始めた頃は、
職場の近くにまだ古い映画を観せてくれる映画館が
ありました。
だいたい金曜日、
仕事が終わった後に行ってました。
途中にあったパン屋さんでパンをふたつ買って、
ロビーでひとり食べながら映画のはじまるのを
待ちました。
古いフランス映画やハリウッド映画を沢山観ましたね。
華やかなOLさん達のように、
遊んだことはなかったですけど、
映画が大好きで、金曜日が待ち遠しかったです。

投稿日時 - 2015-05-10 10:40:08

お礼

coffee-bean さん、こんにちは。

>私が働き始めた頃は、
>職場の近くにまだ古い映画を観せてくれる映画館が
>ありました。

昔はいっぱいありました、それこそ渋谷にもたくさん・・。

>古いフランス映画やハリウッド映画を沢山観ましたね。
>華やかなOLさん達のように、
>遊んだことはなかったですけど、
>映画が大好きで、金曜日が待ち遠しかったです。

coffee-bean さんにとっては、珠玉の思い出なんでしょうね。

ハリウッド映画は無論の事古いフランス映画も・・、思えば古き良き時代でした。

例えばフランス映画に限定しても、「 勝手にしやがれ 」 「 太陽がいっぱい 」 「 男と女 」 「 ボルサリーノ 」 「 個人教授 」 「 シェルブールの雨傘 」 「 冒険者たち 」 、挙げればそりゃもうきりが無い。

私はナタリー・ドロンとジョアンナ・シムカスが大好きでしたが、或る意味ハリウッドの大作とは対極の世界、フランシス・レイ / ポール・モーリア / ニーノ・ロータ ( イタリアですが・・ ) が奏でる音楽にも忘れ難いものがあります。

回答ありがとうございました。

投稿日時 - 2015-05-10 16:25:29

isokenセンセーおはようございます

以前、シルビアと美術教師と葉加瀬太郎はお話しましたね

(後輩と再婚した件のセンセーです)

で、その後なんですが、学生時代にお付き合いしていた「第0弾」の彼(故人)

在阪TV局勤務で、当時はまだ日本に浸透していなかった「シルク・ドゥ・ソレイユ」のカセットテープをいち早く入手

クルマの中で擦り切れるまで聴きました

その後、2000年から隔年で開催される日本公演に行くようになりました

中でも大阪は「ドル箱」なので、夏休みにブッキング

あのおどろおどろしい集団を初めて見た子供は必ず泣きます

泣き声が響くんですよね

それが嫌で時期をずらして代々木や横浜へも遠征しました

(その時は別れたので1人でした)

その次に訪れたビッグウエーブが「ICE」

https://www.youtube.com/watch?v=bA-8nP54_Wc&list=PLqfAq1WRGpLzEE-6dsJe8GOrX-c54E4Gn&index=47

これも男性の影響です

ハマりましたね

彼は「いつか独立してやる」とよく言っていましたが、今では不動産会社社長として財を成しております

ライヴは社会人になってから1人でよく行きました

その時、スタンディングで隣に居たおにーさんがウォークマンを隠して録音

「それ、ダビングして下さい」と声をかけたのがきっかけで、今でも仲良くさせて頂いております

知らん間に結婚しやがって(笑)、お祝いもろくに出来ていない不義理な私…

ご容赦下さいm(_ _)m

投稿日時 - 2015-05-10 10:31:06

お礼

michiyo さん、こんにちは。

>以前、シルビアと美術教師と葉加瀬太郎はお話しましたね
>(後輩と再婚した件のセンセーです)

はいはい、よ~~~く覚えてます、でも男と女は何でもありとはよく言ったものですねぇ。

>で、その後なんですが、学生時代にお付き合いしていた「第0弾」の彼(故人)
>在阪TV局勤務で、当時はまだ日本に浸透していなかった「シルク・ドゥ・ソレイユ」のカセットテープをいち早く入手
>クルマの中で擦り切れるまで聴きました

えっ!、故人?、事故か何かで早死にされたんでしょうか?

さて 「シルク・ドゥ・ソレイユ」って今でこそメジャーですが、まだ無名だった頃なんでしょうねえ、きっと・・。

ユーミンの 「 シャングリラ 」 シリーズなんて、アバンギャルドなその影響を受けているのかも知れない。
ただ代々木に観に行ったユーミンのそれは全く面白くなかった、私なんか半分寝てましたもの・・。

>その次に訪れたビッグウエーブが「ICE」

ミッタンは知らないだろうけど、その昔の「 じゅわいよ・くちゅーるマキ 」 ・カメリアダイヤモンドのCMキャラクターは、スーザン・アントンそして私が大好きだったファラ・フォーセット、それはゴージャスな肢体でした。

ただその経営母体だった株式会社 三貴 が、誠に残念ながら経営破綻してしまいました、はていつだったろう、そんな昔の事じゃないと思います。

>知らん間に結婚しやがって(笑)、お祝いもろくに出来ていない不義理な私…

不義理かどうかはともかく、貴女ももう一度結婚してはどう?
そんなに悪いものじゃないと思いますけど・・。

回答ありがとうございます。

投稿日時 - 2015-05-10 15:49:05

isokenさん、おはようございます(*^-^*)

小さな映画館でのリバイバル上映なんて今でもあるのかしら?それだけでも感傷に浸れそうです。でも私の観てきた映画ってカンフー映画とか。恋愛ものといえばグリースくらいかしらね??兄に連れていってもらいましたからこれは除外か。残念(笑)

高校のとき付き合った彼は色白で小柄。甘いマスクに似つかわない血気盛んな青年でした。早い話が曹操似。
最初の出会いは彼たちにひっかけられた友達から今度数名で映画を観に行くと聞き私も参加したことでした。
ポリスアカデミーだったと記憶してますけど今の彼に言わせると私の記憶はあてにならないらしいです。今の彼とも映画は数本観ています。「これ一緒に観たよね♪」って言うと「それは俺じゃない」と。「じゃあ誰?」「俺が知っているわけない」ですって。おかしいわ( *´艸`)

純粋に映画が観たくて一緒させてもらいました。アメリカンジョークだって大好きでホットショットなんかも観にいきましたね。チャーリーシーンです。これはまた後にでてくるんですけど。

グループデートしたときにはもう彼は友達と付き合っていました。手の早いこと。友達は彼に夢中で休み時間や放課後になると彼の話しばっかり。いい加減みんなうんざりしてました。
そんなときに彼から電話が。当時は携帯はなくって家の電話にです。ご想像のとおり告白ですね。「(友達)はどうするの?」「別れる」。別れてから告白しなさいよねとは思いましたがOKしました。彼に捨てられた友達は今度は彼の悪口ばっかり。みんなは呆れていました。友達はすぐ彼の友達と付き合ったから大丈夫ですよ。そういうゆる~い関係です。

彼との自転車の二人乗りも夜中までの電話もとっても楽しかったです。レンガ造りのお洒落なのか古めかしいのか分からない喫茶店でよくお茶を飲みました。公園でのキス。ふたりともふるえてました。

別れ話しも喫茶店で。切り出したのは私。「(チャーリーシーン似の後の夫)と付き合うから別れる」。今から思うとなんて身も蓋もない。彼は「わかった」とだけ言いました。

投稿日時 - 2015-05-10 08:44:42

お礼

Wettissu さん、こんにちは。

>小さな映画館でのリバイバル上映なんて今でもあるのかしら?

俗に言う名画座ですね、随分と以前から閉館が相次いでいるようです。
私の近所にもありました、それはもう間口三軒程度の小っちゃな映画館、その昔は三軒茶屋東映という名で・・。 

「 仁義なき戦い 」 それに連なる実録物を観たのも殆どここでしたが、週末のオールナイト5本建て、確か日活ロマンポルノもやってたと思います。

ところが昨年だか一昨年だかその前を通りますと見事に無い、ああここでも青春の1ページが・・、そんな青臭い感慨に浸りましてねぇ。

>でも私の観てきた映画ってカンフー映画とか。恋愛ものといえばグリースくらいかしらね??兄に連れていってもらいましたからこれは除外か。残念(笑)

「 燃えよ ドラゴン 」 ど真ん中世代の私、当然ヌンチャクも持ってまして、それで誰彼なしにしばいて歩いた時期もあります。

>最初の出会いは彼たちにひっかけられた友達から今度数名で映画を観に行くと聞き私も参加したことでした。

引っ掛けましたねぇ、それがもう商売みたいだった時期もある、あの熱意の何分の一かでも学業の方へと向いていたなら、その後の人生が少しは変わっていたかも知れません。

水谷豊の 「 表参道軟派ストリート 」 って歌もあった、高校時代から表参道・原宿は私の縄張り、そして数少ないデートのバリエーションが映画・・、そんな時代でもありました。

>ポリスアカデミーだったと記憶してますけど今の彼に言わせると私の記憶はあてにならないらしいです。今の彼とも映画は数本観ています。「これ一緒に観たよね♪」って言うと「それは俺じゃない」と。「じゃあ誰?」「俺が知っているわけない」ですって。おかしいわ( *´艸`)

ああ、それを言っちゃあ駄目でしょう。
私も20代以降はどの映画を誰と観たかさっぱり覚えちゃいない、うっかり話題に出そうものなら、地雷を踏む事になりかねませんよね。

>そんなときに彼から電話が。当時は携帯はなくって家の電話にです。ご想像のとおり告白ですね。「(友達)はどうするの?」「別れる」。別れてから告白しなさいよねとは思いましたがOKしました。彼に捨てられた友達は今度は彼の悪口ばっかり。みんなは呆れていました。友達はすぐ彼の友達と付き合ったから大丈夫ですよ。そういうゆる~い関係です。

そんな緩さは確かにありましたね~、若い頃って何しろ世間が狭くて、殆ど近親相姦の世界。
別れた彼女が今は友人の誰と付き合ってる・・とか、その逆なんかは当たり前、ただ私は 「 愛に友情が入り込む余地は欠片も無い 」 ・・そう割り切ってましたねぇ、だってしょうがないでしょう、それに男の友情はそんな程度では壊れなかったかと・・。

さて誘惑されて付き合い出した違う高校の女の子でした、全てはその肉体に目が眩んだだけの話、好きでもないのに・・と後ろめたさすら感じさえした純粋だったあの頃です。

ただ生まれて初めて、私の為だけのオッパイを持ったあの日の感激は、今でも忘れません。

>彼との自転車の二人乗りも夜中までの電話もとっても楽しかったです。レンガ造りのお洒落なのか古めかしいのか分からない喫茶店でよくお茶を飲みました。公園でのキス。ふたりともふるえてました。

他愛も無いそんな事がどうしてあんなにも楽しかったんだろう ? 、よくもまあ 2時間 も 3時間も長電話する話題があったもんだと・・。
我が家はパーティー・ラインでしたつまり親子電話の変形、私が電話を独占しちゃうと他の誰も使えない、 「 いい加減にしろ 」 ・・と、オヤジに何度叱られたか分かりゃしません。

>別れ話しも喫茶店で。切り出したのは私。「(チャーリーシーン似の後の夫)と付き合うから別れる」。今から思うとなんて身も蓋もない。彼は「わかった」とだけ言いました。

男だったらそれ以外のセリフは無いでしょう、「 マリ子の部屋へ~ 」・・、そんな歌が聞こえて来ちゃう気がします。

私だったら根に持っちゃう・恨みますよ、30年経った今でも、振られたあの日を昨日の事のように覚えておりますから・・。

回答ありがとうございます。

投稿日時 - 2015-05-10 15:14:25